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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)12614号 判決 1990年7月05日

昭和五二年(ワ)第一二六一四号事件原告、昭和五三年(ワ)第一五四二号事件被告 東京都区職員労働組合板橋支部学校分会(以下「原告学校分会」という。)

右代表者分会長 古内昭三

同 東京都区職員労働組合板橋支部調理士分会(以下「原告調理士分会」という。)

右代表者分会長 山岸喜作

右両名訴訟代理人弁護士 鎌形寛之

同 菊池紘

同 守川幸男

同 鈴木修

昭和五二年(ワ)第一二六一四号事件被告、昭和五三年(ワ)第一五四二号事件被告 東京労働金庫(以下「被告」という。)

右代表者代表理事 堀秀夫

右訴訟代理人弁護士 山本博

昭和五三年(ワ)第一五四二号事件原告 東京都板橋区立学校従業員労働組合(以下「参加人」という。)

右代表者執行委員長 高尾健

右訴訟代理人弁護士 川島仟太郎

同 本島信

主文

一  原告両分会と被告との間において、別紙預金債権目録一及び二記載の各預金債権について、原告学校分会がその五〇六分の一八四、原告調理士分会がその五〇六分の三二二の各割合の債権を有することを確認する。

二  参加人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告両分会に生じた費用の五分の一と被告に生じた費用の三分の一を被告の負担とし、その余は参加人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告両分会の請求の趣旨(昭和五二年(ワ)第一二六一四号事件)

1  主文一項同旨

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  右請求の趣旨に対する被告の答弁

1  原告両分会の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告両分会の負担とする。

三  参加人の請求の趣旨(昭和五三年(ワ)第一五四二号事件)

1  参加人と原告両分会及び被告との間において、別紙預金債権目録一及び二記載の各預金債権の債権者が参加人であることを確認する。

2  被告は参加人に対し、別紙預金債権目録一及び二記載の金員を支払え。

3  訴訟費用は原告両分会及び被告の負担とする。

四  右請求の趣旨に対する原告両分会及び被告の答弁

1  参加人の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は参加人の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告両分会の請求の原因

1  本件各預金の存在、その預け入れ時期、名義人

被告には、別紙預金債権目録一及び二記載の各預金(以下「本件各預金」という。)が預け入れられている。その預け入れ時期、名義人は次のとおりである。

(一) 預け入れ時期

目録一1 昭和五〇年九月九日から昭和五二年七月四日まで(ただし、口座開設から最終払戻まで)

同2 昭和五〇年九月一三日から昭和五二年七月四日まで(ただし、口座開設から最終払戻まで)

目録二 別紙目録記載のとおり(昭和五一年六月八日、昭和五二年一月三一日)

(二) 名義人

目録一1 代表高尾健

同2 学校分会分会執行委員長(高尾)

目録二1 都職板橋学校分会(一中)

同2ないし4 区職労学校分会(高尾健)

2  預け入れ主体

本件各預金を被告に預け入れたのは、原告学校分会である。

3  原告調理士分会の成立と預金分割の合意

昭和五二年一〇月八日、原告学校分会の大会において、当時原告学校分会に所属していた分会員のうち、調理士である分会員は、調理士である分会員のみで構成する調理士分会を新設し、調理士でない分会員は学校分会にそのまま在籍する旨が決議され、東京都区職員労働組合板橋支部(以下「板橋支部」ともいう。)は右決議を承認した。原告両分会は、昭和六〇年一二月、本件各預金債権について、原告学校分会が五〇六分の一八四、原告調理士分会が五〇六分の三二二の各割合により分割することを合意した。被告は、同年一二月二五日、原告両分会の右合意を承認した。

4  確認の利益

しかるに、被告は、参加人も本件各預金の債権者であると主張しているところ、被告としては原告両分会と参加人のいずれが真の債権者であるか不明であるため返還に応じられないと主張している。

5  よって、原告両分会は、被告との間で、本件各預金債権のそれぞれについて、原告学校分会が五〇六分の一八四、原告調理士分会が五〇六分の三二二の割合の債権を有することの確認を求める。

二  参加人の請求の原因

1  本件各預金の存在、その預け入れ時期、名義人原告両分会の請求の原因1と同じ。

2  預け入れ主体

本件各預金を被告に預け入れたのは、参加人である。

3  右2の主張の根拠

(一) 規約改正以前の学校分会

昭和二一年一二月一八日、東京都及び特別区に勤務する職員などを構成員とする東京都職員労働組合(以下「都職労」という。なお、右組合は、昭和五二年二月、東京都区職員労働組合と名称を変更した。)が結成された。都職労は、支部を構成単位としているが、板橋区に勤務する職員をもって組織する板橋支部も都職労結成と同時に構成単位である支部の一つとして発足した。

ところで、本件の当事者である原告両分会及び参加人の組合員は、いずれも、板橋区立の小学校、中学校、養護学校、幼稚園等において、用務員、調理士、栄養士、学童擁護、事務職等いわゆる学校現場での教育環境整備のための職務に従事している地方公務員(以下「学校現業職員」という。)であって、教育公務員特例法第二条所定の教育公務員以外の者である。板橋区内の学校現業職員は、都職労発足当初は、板橋支部に直接個人加入していたが、昭和三二年一一月三〇日、板橋支部の下部組織として学校分会が誕生し、都職労板橋支部学校分会(以下「学校分会」ともいう。)に所属することになった。

(二) 規約改正による学校分会の消滅と参加人の成立

(1)  規約改正案の可決

昭和四五年七月一一日、都職労板橋支部学校分会第一三回定期大会において、分会規約の全面的改正案が出席者の全会一致により可決された(以下「本件規約改正」という。)。改正の主要な点は次のとおりである。

名称は、「東京都職員労働組合板橋支部学校分会」から「東京都板橋区立学校従業員労働組合(東京都職員労働組合板橋支部学校分会)」となり、目的は「都職労板橋支部の指令通達並びに本会決議事項の徹底遂行を目的とする。」から「この組合は、強固な団結の力によって組合員の利益を守る日常闘争と都区制、教育の民主化を図る闘いを展開し、闘争を通じて労働者階級の連帯を強め、労働者階級の解放に寄与することを目的とする。この目的を遂行するため組合は組合民主主義の原則にもとづいて規律ある行動と円滑な運営を期する。」と改められた。組合員資格は、「板橋区立学校従業員にして都職労板橋支部組合員を以て組織する。」から「この組合は、板橋区立学校に勤務する従業員を以て組織する。」と変った。臨時総会を「支部より指令のあった場合」に開催する旨の規定及び「本規約に定めのない事項については支部規約を準用する。」旨の規定は、いずれも削除された。その他板橋支部との関連規定が一切排除され、新たに「加入脱退」「罰則」の各章が設けられ、労働組合法(以下「労組法」という。)二条、五条二項所定の独立の法内組合としての資格要件を満たすように規定が整備された。

(2)  本件規約改正の動機、目的と学校現業職員の労使関係法上の地位

都職労は、一般職の地方公務員を主要な構成員とする団体であり、地方公務員法(以下「地公法」という。)五二条にいう職員団体である。したがって、労組法の適用はない(地公法五八条。)しかし、一般職地方公務員であっても、現業職員は、地公法五七条の「単純な労務に雇用される者」として、地方公営企業労働関係法(以下「地公労法」という。)附則四項により同法が準用され、同法四条によって労組法が原則的に適用され、労組法に基づく労働組合を組織することができ、地公法上の職員団体には認められていない労組法上の権利(協約締結権、労働委員会に対する不当労働行為救済申立権等)を行使することができる。そして、現業職員は、地公法上の職員であるから、地公法上の職員団体を組織し、あるいはこれに加入することもできるし、前記諸条により労組法上の労働組合を組織することもできるという選択の自由がある。

学校現業職員は、教員や他の一般職員と比較して、その職務内容が肉体的に過酷、不快、危険であるにもかかわらず、賃金、任用制度、労働安全衛生等の労働条件は差別され、劣悪なままに放置されていた終戦後、全国一斉に企業別労働組合が結成されたとき、学校職場において、教職員は企業別組合の考え方を採らず、職能組合としての教職員組合を結成し、当時「小使」「給仕」等の職名で呼ばれていた学校現業職員は、意識的に差別され、組合加入から排除された。組合員として加入した都職労においても、学校現業職員の要求は、いつまでも放置され、学校現業職員は、当局に対するのと同様、都職労に対しても強い不満と不信を抱いていた。そこで、板橋区の学校現業職員は、学校分会分会長であった高尾健を中心として、自らの労働条件は自らの力で改善することを目指した。本件規約改正の目的は、現業職員に認められている法律上の利点を活用するため、地公法上の職員団体である都職労板橋支部の下部組織としての地位を脱皮し、独立した労組法上の労働組合として独自の団体交渉をし、協約を締結し、不当労働行為に対しては地労委に救済申立をなし得るようにすることであった。

(3)  規約改正の結果

本件規約改正の結果、地公法上の職員団体である都職労板橋支部の下部組織であった学校分会は、その法律上の性質が変り、労組法上の独立の労働組合である「東京都板橋区立学校従業員労働組合」(以下「学校労組」ともいう。)となった。すなわち、組織変更により、学校分会は発展的に解消して消滅し、同一の構成員によって組織される参加人がここに誕生したのである。それまで学校分会と呼ばれ、板橋支部の下部組織として活動していた団体が、本件規約改正後は同支部から独立した労組法上の労働組合として活動することとなった。このようにして誕生した参加人は、それ以後、板橋区教育委員会に対し、独立の労働組合として団体交渉を申し入れ、独自に労働協約を締結し、団交拒否に対しては東京都地方労働委員会に救済申立をした。このような活動は、職員団体の下部組織であってはなし得ないことである。

(三) 規約改正後の参加人と板橋支部の関係

参加人は、独立した労働組合であって、都職労板橋支部と組織上の関係はないが、参加人の組合員は、本件規約改正後も個人として従来どおり板橋支部に直接加入していたので、参加人と板橋支部の二つの組合に二重加入している状態となった。

組合費は、規約改正前は毎月本俸の一〇〇〇分の八プラス三八五円が板橋区によって労働金庫への預金の名目で各組合員の給料から事実上チェック・オフされ、それが板橋支部の労働金庫口座に振り込まれ、そのうち一〇〇〇分の二の額が分会費として支部から分会に交付されるほか、一定額が交付金の名目で支部から分会に交付され、その余は支部及び都職労本部の費用にあてられていた。参加人が板橋支部から独立した以上、本来は参加人の組合費は参加人が独自に徴収すべきものであったが、力関係のため、当分は従来どおり、支部から一〇〇〇分の二の金額と交付金を受領する方法を踏襲するほかはなかった。しかし、これは、本件規約改正による分会消滅の事実を否定する理由とはならない。

(四) 二重加入の解消

参加人は、昭和四五年七月一一日、本件規約改正による学校分会の組織変更により、労組法上の労働組合として出発したが、組合員が板橋支部に二重加入していたため、前述のように組合費が支部を経由して一部だけ納入されるという点で財政的独立が未完成であるとともに、学校労組として板橋区長に対し区庁舎内に組合事務所設置の要請を出したのに対し、板橋支部が団交に応じないよう区に働きかけるなど参加人の独自の活動に対する板橋支部の妨害が頻発するようになった。そこで、参加人は、組合財政権の確立と組合活動の自由を確保するため、昭和五二年六月一八日、臨時大会を開き、組合員が都職労及び板橋支部から脱退することを決議し、同年七月、この決議にそって、約七八〇名の組合員のうち約四五〇名が都職労及び板橋支部に脱退届を提出し、組合員の二重加入が解消した。支部に脱退届を提出せず、原告両分会に加入した組合員は、昭和五二年八月以降、参加人に直接納入することとなった参加人組合費を納入せず、活動に参加もしないので、参加人から脱退したものとみなされることとなった。

(五) 原告両分会の成立

このように参加人組合員のうち多数の者が板橋支部、都職労を脱退したのち、板橋支部は、昭和五二年一〇月八日、脱退届を提出しなかった学校現業職員を集め、「学校分会臨時大会」なるものを開催し、これによって原告学校分会が新設され、同日引き続いて「調理士分会創立大会」を開いて原告調理士分会が新設された。

(六) 本件各預金の預け入れ主体

右のとおり、都職労板橋支部の下部組織としての「学校分会は」、昭和四五年七月一一日、本件規約改正により組織としては消滅し、同一構成員からなる参加人「学校労組」が組織変更により活動を開始したのであるが、本件各預金の取引が行われた時期である昭和五〇年九月九日から昭和五二年七月四日までの間、その取引の主体である板橋区立の学校現業職員を組織する労働団体としては、参加人のみが存在した。原告両分会は、その後の昭和五二年一〇月八日に新設されたもので、預金取引が行われた当時は、そもそも存在しなかったのであるから、原告両分会が債権者ではあり得ない。

参加人が本件各預金の債権者であることは、本件各預金の原資となったのが参加人の管理していた組合財産の一部であること、及び、参加人が預金通帳、印鑑を一貫して所持していることからも明らかである。

4  確認の利益

しかるに、原告両分会も本件各預金の債権者であると主張し、被告は原告両分と参加人のいずれが真の債権者であるか不明であるため返還に応じられないと主張している。

5  よって、参加人は原告両分会及び被告に対し、請求の趣旨記載の判決を求める。

三  原告両分会及び参加人の各請求の原因に対する被告の認否

各請求の原因事実中、1の事実(本件各預金の存在、その預け入れ時期、名義人)及び4の事実(本件各預金の債権者が原告両分会か参加人か被告には不明であると主張していずれの返還請求にも応じていないこと)はいずれも認める。原告両分会の請求の原因事実中、3の預金分割について主張のような報告があったことは認める。その余の点はすべて不知。

四  参加人の請求の原因に対する原告両分会の認否

1  1の事実は認める。

2  2の事実は否認する。

3(一)  3(一)の事実は認める。

(二)(1)  (二)(1) の事実は認める。ただし、板橋支部も都職労本部も本件規約改正を承認していない。

(2) (二)(2) の事実中、地方公務員である学校現業職員の労使関係法上の地位については認める。その余は争う。

(3) (二)(3) の主張は争う。

(三)  (三)の事実中、学校分会の組合員が本件規約改正後も従来どおり支部に加入していたこと、組合費の徴収、配分方法が参加人主張のとおりであって、本件規約改正の前後を通じて変らなかったことは認め、その余は争う。

(四)  (四)の事実中、板橋支部が学校労組名での団交申入や組合事務所設置に応じないよう区等に働きかけたこと、昭和五二年六月一八日に「板橋学校労組臨時大会」と称する集会が開かれ、都職労、同板橋支部から脱退しようとの決議がなされたこと、その後脱退届提出者があったことは認める。その余は争う。都職労、同板橋支部を脱退し、参加人に組合費を納めるようになった組合員は三三一名であった。残りの約四五〇名は脱退しなかった。

(五)  (五)の事実中、原告学校分会が昭和五二年一〇月八日新設されたとの点は争い、その余の点は認める。原告学校分会は、昭和三二年一一月三〇日に結成され、今日に至っている。昭和五二年一〇月八日の大会は、学校分会の執行部を構成していた高尾健らの集団的脱退により組織の混乱を生じたので、組織再建のため開催された。

(六)  (六)の主張は争う。

4  4の事実は認める。

五  原告両分会の主張

1  分会の権限

参加人は、都職労板橋支部の下部組織である学校分会が、昭和四五年七月一一日の分会定期大会における本件規約改正決議により消滅し、支部から独立の学校労組に組織変更されたと主張している。しかし、学校分会は、単一組合である都職労の一構成単位である板橋支部の下部組織にとどまり、都職労規約九条二項の「支部の下に分会を置く。」との規定及びこれを受けた板橋支部規約八条二項の「この組合は下部組織として分会をおく。」との規定に基づいて置かれた組織である。改正前の分会規約にも、第二条(目的)として、「都職労板橋支部の指令通達並びに本会決議事項の徹底遂行を目的とする。」、第三条(組合員の資格)として、「板橋区立学校従業員にして都職労板橋支部組合員を以て組織する。」と規定されている。

都職労は、「東京都及び区に勤務する職員」を以って組織され(規約四条)、「この組合に加入しようとするものは申込用紙に所要の記入をして、原則として所属支部長を通じて中央執行委員長に提出する」(規約は四六条)こととされているように、個人加盟の単一組織である。しかし、組合員が一〇万人を越えるため、下部組織として支部、分会等を設けている。板橋支部は、その構成単位であるが、三〇〇〇名を越える組合員を把握し、職場を基礎にした組合活動をすすめるため、学校分会をはじめ多数の分会を運営の単位として設けたのである。支部組合員のうち学校従業員という職種に属する者が、学校分会という一つのグループに分類されているにすぎないのである。このように、分会が単一組織である都職労、その構成単位である支部の下部組織である以上、統一組織である都職労、同板橋支部の統制に服するのは組織の性質上当然であり、その自治権限も上部団体の方針に反しない範囲でのみ承認されるにすぎない。分会の設置が支部の権限に属することは板橋支部規約八条に明定されている。廃止について、これを想定した明文の規定はないが、これも上部組織である支部の権限に属することは、性質上当然である。分会が、支部の承認なしに、分会の決定のみによって、支部の下部組織である分会自体を消滅させることは、分会の権権の範囲を越えることである。分会は、分会の大会における規約改正のみにより分会を消滅させる権限はない。

2  規約改正の意味

それなら、昭和四五年七月一一日の学校分会の規約改正決議の真の意味は何であったか。

現業職員は、都職労のような非現業職員と現業職員の混合組合である地公法上の職員団体に所属することもできるし、自ら労組法上の労働組合を組織することもできる。そのほかに、職員団体の下部組織でありながら現業職員のみで組織されている下部組織である場合に、当該職員団体の下部組織であるという基本的性格を維持しながら、対外的に(対使用者との関係など)現業職員に認められた労組法上の諸権利を行使するためにこれを労組法上の労組とすることが行われ、二枚看板方式と呼ばれている。都職労清掃支部、別名東京都清掃労働組合の例がそれであり、自治労の単組にも同種の例がある。学校分会長であった高尾健らが目指したのも、この二枚看板方式であった。大会での本件規約改正案の趣旨説明においても、労組法上の権利行使を可能ならしめるための規約整備であるとの説明はされたが、支部からの分離独立を目的とするというような説明も論議も全くないまま改正案は可決された。支部からの脱退とか独立ということは当時分会員にとって問題となっていなかった。規約改正後も、参加人も認めているとおり、支部脱退者はなかったし、組合費の徴収、配分の方式も全く従来どおり支部を通じて行われていた。分会が消滅し、無関係な団体になったのであれば、到底、考えられないことである。組合員が全員支部に加入していることも変りがなく、分会長であった高尾健らは、分会推せんの候補者として、支部役員、本部役員に立候補もし、当選し、役員として活動もした。一方で、当局に対し団交を申し入れ、地労委に救済申立をするような場合には、現業職員によって組織される独立した労働組合としての規約を持つ学校労組の名称を用いていたのである。しかし、各種闘争指令も、都職労、板橋支部、学校分会のルートで伝達され、学校分会はその指令に従っていた。組合員が全員板橋支部に加入している以上、それは当然のことである。参加人は、都職労板橋支部及びそれとは無関係な独立した労働組合である学校労組との二つの組合に組合員が二重加入していたと主張するが、現実の組合活動においては、方針を異にする二つの組合に同時加入して異なる立場で組合活動をすることは不可能である。

昭和四五年七月一一日の本件規約改正は、このように学校分会が板橋支部の下部組織であること自体に変更を加えるものではなく、学校分会が都職労という地公法上の職員団体の下部組織でありながら現業職員の組織でもあることから、労組法上の権利(協約締結権、不当労働行為救済申立権等)の行使を可能にするため、対当局、対労働委員会の関係で独立の労組法上の労働組合であることを示す必要があるので、いわゆる二枚看板方式を利用して学校分会に学校労組の別名を冠したにすぎない。規約上の名称が変り、対外的機能が増加しても、板橋支部の下部組織であるという組織の本質に変更はなかったのである。板橋支部自身も、昭和四五年四月二四日規約を改正し、「板橋区職員労働組合」との別名を冠し、規約上は都職労との関係が明らかでなくなるような規約改正をしたが、これは都職労大会の決定に基づき、単に登録の便宜(都職労と支部をそれぞれ独立に登録団体とする二重登録方式)のためになされたものであり、都職労と支部との組織上の関係にはいささかの変化もない。

3  参加人の成立時期

参加人組合が設立されたのは、昭和五二年七月二六日以降である。

昭和五二年六月一八日、「板橋学校労組臨時大会」(都職労板橋支部組合員のうちの学校現業職員の大会であって、構成員は板橋支部学校分会の大会と変りがない。)と称する集会が開かれ、板橋支部から脱退しようとの申し合せがされ、同年七月一六日、「学校労組独立記念レセプション」が開催され、同月二六日、高尾照子らが四四九名分の都職労及び板橋支部宛の脱退届を板橋支部に提出した。しかし、最終的に脱退したのは、約八〇〇名の組合員中約三五〇名であった。参加人は、これら集団的脱退者の団体である。脱退者の中に当時まで分会執行部を構成していた高尾健らが含まれ、幹部がいなくなったため、学校分会は活動停止状態となった。そこで、同年一〇月八日、学校分会組織再建のため大会が開かれ、新執行部を選出するとともに、同日、分会員のうち調理士である分会員は、独立して調理士分会を結成することとなった。しかし、都職労板橋支部の下部組織である学校現業職員の団体としての学校分会は、昭和三二年以来同一性を維持して存続し、それが原告両分会となっているのである。支部から独立した労働組合としての学校労組は、その組合員が板橋支部に集団的に脱退届を提出した昭和五二年七月二六日以降存在するに至ったというべきである。本件各預金が預け入れられた同年七月四日までの時期には、板橋支部脱退者の集団である参加人は、未だ成立しておらず、「学校労組」の名称は、板橋支部の下部組織である学校分会の別名にすぎなかったのである。しかし、集団脱退者としては組合財産について権利を主張することは困難なので、参加人は「組織変更」という意味不明の主張をして、自らの成立時期を預金取引以前にさかのぼらせようとしているにすぎない。

第三証拠<省略>

理由

一  争いのない事実

1  次の各事実は、いずれも各当事者間に争いがない。

本件各預金が被告に預け入れられており、預金名義人は、原告両分会の請求の原因1に主張されているとおりであり、また、預け入れられた時期は、昭和五〇年九月九日から昭和五二年七月四日までの間である。しかし、原告両分会と参加人がそれぞれ本件各預金の債権者であると主張しているので、被告はどちらの払戻請求にも応じないでいる。

2  次の各事実は、原告両分会と参加人との間で明らかに争いがなく、そのことから被告との間でも事実と認められる。

原告両分会も参加人も、板橋区立の学校(小・中学校、養護学校、幼稚園等)に勤務する学校現業職員(教職員以外の職員であって、用務員、調理士、栄養士、学童擁護、一般事務等の職種に従事する職員)によって組織される労働者の団体である点においては共通である。しかし、原告両分会は、地公法上の職員団体で単一組織である都職労、その構成単位である板橋支部の下部組織である関係上、地公法の職員団体に関する規定の適用を受け、労組法の規定は適用されない(地公法五八条一項)。参加人は、独立の現業職員の組合であるから、地公法五七条、地公労法附則四項、同法四条の規定により、労組法の規定が一部を除いて適用される。その結果、参加人は、労組法上の労働組合に認められた労働協約締結権、労働委員会に対する不当労働行為救済申立権を有するが、原告両分会はこれらを有しない。このように、原告両分会と参加人とは、構成員の職務上の資格(板橋区立学校勤務の現業職員)においては同じであるのに、労使関係法上の地位は異なっているのであるが、その差違は、単一組織の職員団体である都職労の構成分子であるか、都職労から独立の組織であるかという都職労との所属関係の違いに由来している。

都職労及びその構成単位である支部の一つである板橋支部は、昭和二一年一二月一八日に発足し、板橋区立学校勤務の学校現業職員は当初これらに個人加入していたが、昭和三二年一一月三〇日、学校分会が板橋支部の下部組織として設置されると、これに分会員として所属するようになった。その後、昭和四五年七月一一日、学校分会の第一三回定期大会において、参加人主張のような分会規約改正案が議案として審議され、出席者から反対意見が出ることもなく可決された。しかし、上部組織である都職労や板橋支部がこの改正を承認したことはない。

この改正における規約の主要な改正点は、次のような点であった。名称(第一条)を「東京都職員労働組合板橋支部学校分会」から「東京都板橋区立学校従業員労働組合(東京都職員労働組合板橋支部学校分会)」に改める。すなわち、それまでの名称を括弧に入れ、現在の参加人の名称を正式名称とするものである。板橋支部との関係をうかがわせるのは、この括弧内に残された名称のみで、目的、構成員等の規定から板橋支部の下部組織であることを示す規定が一切削除され、それまでは存在しなかったこの組合の組合員たる身分の得喪に関する「加入脱退」の規定が新設された。要するに、改正前の規約が都職労板橋支部の下部組織であることを明瞭に示しているのに対し、改正後の規約は、現業職員によって組織され、労組法の適用を受けることのできる独立労組としての体裁を備えたものとなった。しかし、規約改正案の可決後も、この団体の構成員は、全員が板橋支部に加入したままで、都職労の組合員であったし、毎月本俸の一〇〇〇分の八プラス三八五円の組合費が板橋区によって事実上チェック・オフ(名目上は労働金庫への預金の差引)され、それが板橋支部の労働金庫口座に振り込まれ、そのうち一〇〇〇分の二が分会費の名でこの団体に支部から配分され、その他交付金の名でこの団体に支部から交付される金員があり、その余は支部及び都職労本部の費用にあてられるという組合費の徴収、配分の方式は、従来と全く変りがなかった。

昭和五二年六月一八日、この団体は、「板橋学校労組臨時大会」の名で大会を開催し、組合財政権の確立と組合活動の自由を確保するために、組合員が都職労、同板橋支部を脱退することを決議し、この決議に従って、同年七月二六日、四四九名分の脱退届が板橋支部に一括提出された。これに先立って、同月一六日には、「学校労組独立記念レセプション」も開催された。同年八月以降、脱退者は支部への組合費納入をやめ、学校労組に直接全額の組合費を納入するようになった。八〇〇名近い当時の組合員のうち、このとき支部に脱退届を出し、学校労組に直接組合費を納めるようになった人数は、半数近かった(参加人は約四五〇名と主張し、原告両分会は約三三一名あるいは約三五〇名と主張している。)。脱退届を提出せず、組合費納入方法を変更しなかった組合員を、学校労組は、その後組合費不納入により学校労組を脱退したものとみなした。同年一〇月八日、これらの者が集まって「学校分会」の大会が開かれ、新役員が選出され、同時に調理士である組合員が学校分会から分かれて原告調理士分会を設立することが決定された。このようにして、板橋区立学校現業職員によって組織される労働者の団体は、都職労板橋支部に所属する者の団体(原告両分会)と所属しない者の団体(参加人)に分かれた。

二  争点についての判断

1  本件の争点

本件争点は、昭和五〇年九月から昭和五二年七月までの期間に被告に本件各預金を預け入れた団体(以下「本件預金団体」という。)が原告学校分会と参加人学校労組のいずれと同一性のある団体であるかという問題である。前述のとおり、本件預金団体は、昭和五二年七月二六日、四四九名分の脱退届が支部に提出されるまでは、単一の団体であって、参加人と同じ名称を名乗ってはいたが、構成員全員が都職労板橋支部に加入していた。地公法上の職員団体である都職労に加入を継続したグループとこれを脱退して独立の労組法上の労働組合である参加人のみに組合費を納入するようになったグループに本件預金団体の構成員が二分したのは、その集団脱退があった後のことで、本件各預金が預け入れられた期間より後のことである。

この点に関し、参加人は、都職労板橋支部の下部組織である学校分会は昭和四五年七月一一日の本件規約改正により組織変更されて学校労組となり、これとともに学校分会は消滅し、原告学校分会は昭和五二年一〇月八日に新設されたものであると主張し、原告両分会は、本件規約改正は、学校分会の都職労の下部組織たる性質を消滅されるものではなく、規約改正前の学校分会と原告学校分会とは、組織としての同一性を継続して維持していると主張する。そこで、以下においてこの点を検討する。

2  本件規約改正の意味と効果

(一)  分会の権限

<証拠>によると、昭和三二年一一月三〇日、都職労板橋支部の下部組織として設立された学校分会は、単一組合の下部組織ではあるが、固有の代表者、決議及び執行の機関を有し、独自の規約、財産管理規定を有し、構成員の変動にかかわらず団体としての同一性を保持し、徴収した会費、支部からの交付金を自らの責任において活動の用に供し、対外的にも分会の名において預金等の取引を行っており、権利能力なき社団として実体を備えていたものと認められる。分会がこのような社団である以上、一定範囲の機能を有することは明らかである。しかし、いかなる組織、団体であっても、その存在の目的と機能に即して、これに認められるべき機能の範囲には内在的制約があり、分会が単一組織である都職労の構成単位である板橋支部の下部組織として存在する以上、その権限もそのような組織としての性質に由来する制約を免れることはできず、単一組織である都職労、その構成単位である同板橋支部の統制に服するのは、組織というものの本来の性質上当然であり、これら上部組織の方針に反しない範囲でのみ自治権限を承認されるにすぎないというべきである。<証拠>によると、支部規約第八条に「この組合は下部組織として分会をおく。」「分会および職場委員会の新設統合は委員会の承認を要する。」との規定があることが認められるが、分会の廃止権限についての明文の規定は見当らない。しかし、事柄の性質から、下部組織を設置することのできる上部組織は、これを廃止することもできると考えられるが、下部組織である分会が、支部の承認なしに自らの決定のみによって、構成員全員が支部に所属したままで分会の下部組織性を否定することは、組織の設置目的によって制約される自治権の範囲を越え許されないというべきである。したがって、本件規約改正決議のみによって、ただちに学校分会が支部から独立の労働組合となったと解することはできない。この時期に学校分会が消滅したかどうかについては、さらに本件規約改正後の組合活動の実態について検討する必要がある。

(二)  規約改正後の組合活動

本件規約改正によって、分会の名称は、前述のように職員団体の下部組織であるのか、独立の労組法上の労働組合であるのか、極めて紛らわしいものとなった。そこで、規約改正後、集団脱退により構成員が二分してこの紛らわしさが解消するまでの間におけるこの団体の活動状況についてみると、<証拠>を総合すると、次のとおり認められる(争いのない事実を含む。)。

組合の名称について、さらに昭和四九年七月一三日規約改正により、括弧書きの「(東京都職員労働組合板橋支部学校分会)」という表示が削除され、単に「東京都板橋区立学校従業員労働組合」と改正され、規約上は「学校労組」に単純化された。しかし、この改正以後も、時と場合により「学校労組」「学校分会」「学校労組(学校分会)」の三種類の名称が使い分けられていた。当局への団交申入、労働委員会への救済申立には「学校労組」あるいは「学校労組(学校分会)」の名称が、板橋支部向け(分会費や交付金を受領するような場合)には「学校分会」の名称が用いられた。しかし、時を追って「学校労組」の名称が使用されることが多くなった。

分会大会において本件規約改正案の趣旨説明がされたとき、この規約改正により、地公法上の職員団体には認められないが労組法上の労働組合には認められる労働協約締結権、労働委員会に対する不当労働行為救済申立権等の権利行使が可能になり、労働組合活動上有利となる旨の説明はされたが、都職労板橋支部からの独立を図るというような説明はなく、さしたる議論もされないまま反対者もなく改正案は可決されたが、大会参加者である組合員の大多数は、本件規約改正により、分会の組合活動が支部の統制から独立するというようなことは考えていなかった。その後も、都職労から板橋支部を通じて伝達された各種闘争指令にも組織として従っていた。学校分会の設立当時から分会長あるいは執行委員長として中心的役割を果たしていた高尾健は、「分会推せん」の候補者として板橋支部、都職労本部の役員に立候補し、当選して役員活動にも参加していた。

(三)  本件規約改正の意味と効果

以上みたところによれば、学校分会は、分会大会における決議のみによって板橋支部の下部組織であるという性質を消滅させることは、本来その権限を越えることであって、できないことであり、また、事実としても、都職労、板橋支部との組織内部の相互関係には、本件規約改正の前後を通じて何らの変化も生じていないということができる。そうすると、本件規約改正は、内部的には職員団体の下部組織として都職労の一〇万人を越える大組織の力を背景とする利益を保持しながら、同時に現業職員の組合に認められる労組法上の権利をも行使するため、外部的に当局あるいは労働委員会に対して独立の労働組合であるかのような体裁を整える意味を持ったもので、いわゆる二枚看板方式を利用するためのものであったと認めるのが相当である。したがって、本件規約改正により都職労の下部組織である学校分会が消滅したとの参加人の主張は、採用することができない。本件預金団体は、都職労板橋支部の下部組織たる性質を失っておらず、規約改正前の学校分会及び原告学校分会と組織としての同一性を有すると認められ、したがって、本件各預金の預け入れ主体は、参加人ではなく、原告学校分会であるというべきである。

参加人が都職労の下部組織性を完全に払拭して独立した労働組合となったのは、集団脱退後であり、その故、参加人が預金通帳及び印鑑を保管していることは、上記認定の妨げとはならない。

三  預金分割の合意

原告両分会の請求の原因3の事実は、<証拠>により、これを認めることができる。

四  そうすると、原告ら両分会の本訴請求は理由があるからこれを認容し、参加人の各請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 太田豊 裁判官 竹内民生 裁判官 田村眞)

別紙 預金債権目録<省略>

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